知多半島で考える

知多半島の常滑という街に行った。

焼物で有名な三河・尾張地方の丘陵の大部分は、東海層群と呼ばれる柔らかい良質な地層からなっている。ゆえに古墳時代からこの地に焼物産業が勃興したわけだが、ガスなどない時代だから火を焚くには大量の木材が必要だった。日本3大禿山の一つと呼ばれる愛知県だが焼物産業の隆盛を考えてみれば、かつては豊富な木々(燃料)で覆われていたと考えられている。

その昔、知多半島は鬱蒼とした森に覆われ、燃料、建材、肥料、食料など人間の生活に必要な物資を供給していたことだろう。人が人為的に自然を破壊してしまった例は枚挙に暇がない。言いかえるならば、それは文明の発達の証とも言えるのかもしれないが、ことの本質は石油や天然ガスの枯渇問題と同じなのだ。

破壊の対義語は創造とされている。
自然を破壊する一方であった近現代文明に対し、これからの未来文明は自然を創造する行いをしなければならないだろう。手付かずのジャングルではなく、人間に身近でかつての里山のようにヒューマンスケールの自然が増えれば、街の環境や生態系も豊かになることだと思う。さらに言えば人間の生活に利用できる循環型の自然が増えれば未来は明るくなるんじゃないかな、などと考えたりする。

常滑 水彩紙 透明水彩
常滑 水彩紙 透明水彩
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