人間のための街路

ヨーロッパの街を歩いていると、その活気のある街路空間に驚かされる。

物を売る人、知り合いと炉端会議をする人、オープンカフェで読書をする人、所狭しと走り回る子供たち、レストランで美味しそうに食事をする人、楽器を弾く大道芸人たちetc・・・。
生活が家から溢れ出て、街路空間までもが自分たちの領域と考えているかのようだ。街はそこで暮らす皆の共有財産、あるいは皆で使うアウトドア・リビングという意識があるのだろう。だからこそ美しい景観が保たれるのだと僕は思う。

ミュンヘン パリ シエナ

振り返れば日本にも楽しい街路空間があった。街路を飾っていた人たち。例えば紙芝居屋さん、チャルメラの屋台、路上にチョークで落書きをする子供たち、店を広げた行商のおばあさん、夕方になると聞こえる豆腐屋のラッパの音・・・。彼らは街路空間の思い出だけに残り、現実の世界からは消えた。自動車社会に追われて街路の風景も変わってしまったのだ。

インターネットの発達によって世界が近くなったと言う人がいるが、お隣の顔も名前も知らない人がパソコンに向かって世界が云々言っても虚しい事だと思うし、世界は相変わらず遠くにある。街路空間の変化はコミュニティーの変化でもあった。

IMG_6603
ヴェローナ

しかし街路は単なる交通のために存在するのではない。「道路」ではなく「人間のための街路」がこの国に戻ってくる事があれば、街歩きもきっと楽しくなると思うし、近隣コミュニティーも活発になるに違いない。街路の賑わいこそが、その街固有の文化を作っていくのではないだろうか。

ヴェネツィア ゲットーヌオーヴォ
Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Share on Tumblr