関守石の見えない壁

京都などの古拙を歩いていると、地べたに小さな石ころが置かれている事に気がつきます。これは「関守石」といって、「これより先は遠慮されたし」という意思表示です。客の出入りを遠慮してもらうための関守という意味でこう呼ばれました。感じ取れば目には見えない壁が、そこにははっきりと構築されているのです。

現代ならば、いかついバリケード(黒と黄色のシマシマのやつです)や立入禁止の赤紙を貼って、人の出入りを強く防ぐのでしょうが、かつての日本人には粋な所作があったように思います。昔の日本人は、千利休の待庵や松尾芭蕉の名歌などのように、必要最低限のしつらえや言葉で物事を柔らかく表現していました。日本人の美徳にはこのような要不要の精神というのがあったのです。必要以上の事は饒舌に語らない美学、あるいは清貧の美。しかし、豊かになりすぎて物が余剰に溢れてくると人間は変わってしまうのでしょうか。自分の設計に活かすならば、「関守石」の精神なのですが、案外なことに古風な人物なのかもしれません。

ところで、「壁」という言葉にはあまりポジティブな印象がありません。「壁に当たる」、「心の壁」、「言葉の壁」、「世代の壁」、「親子の壁」等々。壁は建築にとって絶対に必要なエレメントですが、できる事なら少ない方が良いのかもしれません。特に住宅設計においては、家族の関係に大きく影響する部分ですので、適切な位置に壁を配置したいところです。子供室などに鍵をつけてしまう人がいますが、目に見える壁がやがて「心の壁」になってしまうこともあるのです。

桂離宮の関守石
桂離宮の関守石
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