パリの時間

久しぶりにパリに行った時のこと。Château Rouge駅(シャトー・ルージュ)の近くの安宿に一週間ほど滞在しました。この駅の周辺は、観光地であるモンマルトルの丘から近いものの、移民溢れる活気ある下町で、ピガール地区も近いため夜な夜な怪しげな空気が漂っていました。(ピガールはジャン・ピエール・ジュネ監督の「アメリ」に登場する町です。)

パリに対しての憧れは誰しもが抱くもののように思いますが、おそらくそれはパリが持っている表情のちょっとした一面を見ているにすぎません。当たり前の事ですが、サン=ジェルマン=デ=プレやモンパルナスを闊歩するパリジャン、パリジェンヌが全てではないのです。ほとんどのパリっ子は控えめな衣服に身を包み(無印良品やユニクロも人気)、ごく普通の振る舞いで、日々の暮らしを充実させることを楽しんでいるように見えました。

彼らは夕方に仕事が終わると街に出ます。恋人や家族とオペラを鑑賞したり、友人たちとバーやレストランで語りあいます。あるいは夕食の買い物で商店を回り、今夜のワイン選びを楽しみます。家と職場と繁華街、つまり生活圏が密着しているからできることなのです。

それは遠く離れた郊外に家を建て、通勤に3時間も4時間も費やす日本人には、難しい暮らしなのかもしれません。残業システムが悪いのか、個人が悪いのか、都市計画が悪いのか、ここで考えることはしませんが、自分の家や街は、ただ眠るためだけにあるのではないはずです。

我々が彼らに対して憧れるべきは、雑誌を飾るお洒落なパリではなく、「暮らしを楽しむ時間」ではないでしょうか。それは人にとって、ごく当たり前のことであり、とても大事なことでもあると思います。

夕方のパリ
夕方のパリ
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