神楽坂の鈴木先生

建築家、画家、文筆家、大学教師、ギャラリー運営者そして何よりも旅人だった神楽坂の鈴木喜一先生の活躍には正に目をみはる思いでいた。尊敬すべき先生でありながらも、ホットワイン入りのヤカンをぶら下げて神楽坂を歩き回るような小粋で楽しい人でもあった。

さらに鈴木先生は神楽坂建築塾、美術塾、写真塾を主宰され、後進に学ぶことの楽しさや行動することの大切さを説いていた。説いていたといっても饒舌に語ったり、自らの価値観を押し付けるわけではなく、塾生たちがそれぞれのテーマを見つけ、自発的に行動するように導いていた。具体的なテクニックを教えるような先生ではなかったのだ。言葉数も決して多くない先生だったが、寡黙であることが鈴木先生にとっての言葉だったのだろう。

ある日のこと、鈴木先生が運営するギャラリーで小さな宴会が始まった。赤ら顔の鈴木先生が突然、今度は「神楽坂文学塾」を始めたいと言った。これ以上まだやるのかと驚いたものだが、反面、楽しみな気持ちにもなった。

ギャラリーでの小さな宴会からほんの数ヶ月後、先生がSNS上で小説を連日のように発表し始めた。あぁ、ついに神楽坂文学塾の準備に入ったのか!とはじめは思った。「疾走する彪馬」と銘打たれたその話は、シルクロードを舞台にした旅物語で、世界中を旅した鈴木先生の得意とする分野だった。ところが第21話を最後に更新がばったり途絶えた。唐突にS先生は遥か遠くに旅に出てしまった。小説だと思って読んでいたものが、じつは自らの闘病記だったのだ。彪馬=病魔という訳だったのか?。。。

それにしても、神楽坂文学塾とは何だったのだろう。何を教えようとしていたのか分からない。神楽坂の裏路地からヤカンをぶら下げて、赤ら顔のS先生がふらりと出てくるような風景が思い出される。

神楽坂 アユミギャラリー 水彩紙 透明水彩
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