アンダルシアの旅

乾ききった大地の上を走るバスの車窓から見える風景を見ていると、起伏に富んだ土地に林立するオリーブの集約栽培農園が、どこまでも続いているかのように思えた。春から秋にかけて極度に乾燥するスペイン南部のアンダルシア地方は「不毛の地」とさえ呼ばれる痩せた大地で、僅かばかりの麦が栽培されるだけだった。近年に至りようやくオリーブの集約栽培が定着したそうだが、大規模経営の農園が中心だから小作人たちの収入は極僅かしかない。

ロバート・キャパの「崩れ落ちる兵士」の時代はオリーブ園はまだ無かった。
ロバート・キャパの「崩れ落ちる兵士」の時代はオリーブ園はまだ無かった。

アンダルシアはイスラム教徒にイベリア半島が占領されていた時代に「アル=アンダルス』と呼ばれた土地であるが、何故「アル=アンダルス」と名付けられたのかは分からない。一説にはゲルマン系のヴァンダル人が由来との話もあるが定かではない。北部のバルセロナなどを歩くとカタロニア人と呼ばれるフランス系の人々が多いのだが、アンダルシアは800年にわたるイスラム王朝の時代に混血が進んだのだろう、アラブ的な精悍な顔立ちをした人々が多い。ヒターノ(ジプシー)と呼ばれる人々のフラメンコや、スペイン内戦を歌う悲しいメロディに耳を傾ければ、旅も豊かなものになる。これらがアンダルシアが他のスペイン地方とは違った風情を醸し出す理由のひとつだと思うのだが、この地方の極み付けは白い集落である。

グラナダの踊り子
グラナダの踊り子

石灰岩が豊富にとれる土地柄、建築資材に利用され、あちらこちらに白く塗られた美しい集落がある。石灰が豊富にとれるということは、かつては海の底だったのだろうが、いまでは隆起した大地の上に人々は集落を築いている。高台に住まう理由のひとつは、民俗学者の宮本常一によればマラリアを避けるためでもあったという。蚊は高い場所まで飛んでこないという話である。年に一度、村の男たちは石灰を掘削しに出かけ、集落を真新しい白で塗り直したのだという。石灰をバケツに溶かしドロドロの物を箒でベタベタ塗った。しかし、近代化の波が当たり前の様に押し寄せ、今ではペンキで済ますこともあるのだと聞いた。

モンテフリオの集落
モンテフリオの集落

村の中を歩いていると、のんびりとした雰囲気の中、あまり働いている人がいない。昼間から広場に集まり談笑している人や、赤ら顔でワインを飲んでいる人は沢山いる。シェスタの伝統が残っているため、14時くらいには店は閉まってしまうから、その前にビールを2缶買って木陰で飲んで見れば至福である。日本人からすれば彼らの生活は少々驚くべきものかもしれないが、土地は安い値段で手に入るし、経済的に貧しくとも、のんびり自給自足することができれば楽しい人生なのだ。満員電車に詰め込まれ、ピストン輸送される日本人を思うと、本当に豊かな生活とは何なのか良く考える必要があるように思う。先に根を上げるのはどちらの世界であろうか。

モンテフリオの裏路地
モンテフリオの裏路地
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